|
|
第二次世界大戦が始まろうとしていた昭和19年2月。多くの若者がお国のため、その実家族を守るため、大切な人を守るため戦場へ赴く覚悟をしていた。そんな中で一人、戦争で人を殺めるぐらいなら、金格寺を燃やして、注目を僕に集めて、僕が裁きを受ければいいんだ。
と、大勢の者を引き連れて金格寺へ行くも、寺すらも焼けないのを知り、ガクリと膝を落とす。結局そのまま生き延びて、今戦争の真相を私だけに語る。言いがかり、因縁、憤りの連続でうるさいのが戦争のようでした。天皇陛下が真相を知り、ローソンに言いに行くも、私?大関がげきぶとりして、お手製のワンピースを着て歩くのを知っている、私でした。申し訳ない、下の者が言うことを聞かなくて。で、結局戦場へ赴いたとされるのをCGやら絵やらで後日書き残し、あたかも人殺しがあったかのようにしているようです。原爆は、連れ合い達が頭にドライヤーを当てて髪の毛を乾かして、火事が起きていると思った末の、ため息で、口の中に熱風を感じる、でした。私?昭和48年10月16日(火)産まれですが。それでは、失礼します。と、私の書き込みを読んで得意がる大関達も読んでいるらしいです。
|
|